疑問が一気に解消する
ウィンドサーフィンの基礎

2019/3: 発行

はじめに


ウィンドサーフィンを少しできる様になってくると、誰もが疑問に思ってきます。

何故風上にも進めるの?


ウィンドサーフィン練習風景

何故セイルを傾けると曲がるの?

もっと早く進むにはどうしたら良いの?

やっている内に分かってきますよと言われても、やっぱり事前に知っておきたいのが、世の常、人の常でしょう。

かと言って、ネットで検索してしてみて、殆どの身の無い話ばかりで、全く役に立ちません。

という訳で、万年初心者ながら技術屋ウィンドサーファーが、熟練者達が感覚的に行なっている事を、理論的に解説してみたいと思います。

これを知れば、今まで疑問に思っていたウィンドサーフィンのモヤモヤが一気に解消すると思いますので、是非最後までお付き合い頂ければと思います。


各部の名称


既にご存知かもしれませんが、(今後の説明で必要なため)ウィンドサーフィンにおける各部の名称をご紹介しておきます。

ボード(艇)、マスト(支柱)、セイル(帆)、ブーム(横棒)はご存知だと思うのですが、その他の名称は以下の図にある名称で統一します。


ウィンドサーフィン各部の名称

ところで、ウィンドサーフィンをやり始めた頃、アウトホール、アップホール、ダウンホールと聞いて不思議に思った事はないでしょうか?

確かにアウトホール、ダウンホールと呼ばれる部分には紐を通す穴があるのですが、アップホールは単なる紐ですので、どこにも穴はありません。

上の絵を見て気づかれたかもしれませんが、この場合のホールとは、穴(hole)ではなく強く引く(haul)という意味なのです。

ですのでアウトホールとは、セイルを張る際外側に引っ張る部分で、ダウンホールとはセイルを下側に引っ張る部分、そしてアップホールとはセイルを待ち上げる紐の事を指します。

という訳で、むしろアウトホウル、アップホウル、ダウンホウルと書いた方が良いかもしれませんが、haulの発音はhˈɔːlなので、本書ではこのままホールと記述する事にします。

これで疑問の一つが解消したのではないでしょうか?

なおもう一つ重要な事を付け加えますと、”haul”とは単に”引く”という意味ではなく(それならpullです)、”力を込めて引く”というのが味噌です。

特にダウンホウルは、マストが撓(しな)るほど強く引っ張るのが、セイルをキレイに張るコツです。


ダウンホールはマストが撓(しな)るほど強く引っ張る

また、上の図にはありませんが、ウィンドサーフィンで使う道具一式を、リグ(Rig)と呼びます。

最後にもう一つ。

風や波が穏やかな日を英語でカムデイと発音しますが、これもcome dayではなくcalm dayです。

この風も波も無くて、ウィンドサーフィンも波乗りもできないときに何とか遊ぶ手はないかと考えられたのが、今流行のSUP(Stand Up Paddle)になります。


ウィンドサーフィンの進む方向


それでは次に、ウィンドサーフィンの進む方向とその名称についてご説明します。

下の絵をご覧頂きます様に、ウィンドサーフィンは赤いエリア以外はどこでも進む事ができます。


ウィンドサーフィンの進める方向(青い矢印が風向き))

そしてボードの進む方向によって、呼び名が異なります。

先ず、ボードの真後ろから風を受けるのをdownwind、斜め後ろから風を受けるのをbroad reach、真横から風を受けるのをbeam reach、斜め前方から風を受けるのをupwindと呼びます。

これらの名称は、これからしばしば出てきますので、ここで覚えておいて頂けると助かります。

ところで、down(下)とかwind(風)は問題ないとして、ここで出てくる”reach”という単語は(英語が得意な方ほど)引っ掛かるのではないでしょうか。

本来のreachは、”到着する”とか”届く”という意味なのですが、この場合のreachはセイリング特有の単語で横風を指すのです。

このため、broad reachとは拡がった横風、beam reachとは(拡がらずに)直進する横風を指すと思えば大きな間違いではありません。

また先ほどお伝えしました様に、赤いエリアを除いてウィンドサーフィンはどこでも進む事ができますので、upwindの状態でジグザグに航行すれば、風上にあるビーチにも戻ってこれるという訳です。

ところでこの絵の中で、ウィンドサーフィンが一番早く進むのはどの状態のときだと思われるでしょうか?

その答えは、本書の最後にお伝えしますので、楽しみにしておいて下さい。


なぜ風を受けて進むのか


それではいよいよ、何故ウィンドサーフィンは風を受けて進むのかを、ご説明したいと思います。

そう言うと、100人中100人の方が風に押されてだろうと思われる事でしょう。

確かにそれもあるのですが、実はもう一つ別のもっと大きな力が働いているのです。

下の図は、ウィンドサーフィンの最も基本的な走行状態である真横から風を受けた状態(beam reach)の空力図を示しています。


真横から風を受けた状態(beam reach)のウィンドサーフィンの空力図

先ず、風が右からセイルに当たると、セイルの内側に風が強く当たります。

これによって当然ボードは前に進むのですが、それだけでは全く速く走れません。

なぜならば、セイルの外側(前側)にも空気の塊がありますので、それに邪魔されるからです。

それについては、後ほど真後ろから風を受けた状態(downwind)で詳しくご説明するとして、ここでは次に進みます。

ではどうやったら早く進むかと言えば、(殆ど知られていませんが)セイルの外側にも風(赤色の細い破線矢印)を流してやる事が必要なのです

これによって、飛行機の翼と同じ様に、セイルを垂直方向に引っ張る揚力(緑色の矢印)が発生します。

下は、飛行機の翼に揚力が発生した事を示すイラストです。


翼の上の風速が速くなると、上側の揚力が発生する

これをご覧頂きます様に、翼の下に圧力は強いものの流れの遅い空気の流れがあり、一方翼の上には圧力は弱いものの流れの速い空気の流れがあります。

するとあら不思議、何と翼を上に持ち上げる揚力が発生するのです。

それだけ聞くと大した力ではない様に思われるかもしれませんが、あんなに大きくて重い飛行機を持ち上げるのですから、相当の力である事は間違いありません。


揚力によって飛行機は浮かぶ

これと同じ様に、圧力は強いもののスピードの遅いセイル内側の風に対して、圧力は弱いもののスピードの速い風がセイルの外側に流れる事によって、セイルを垂直方向に引っ張る力、すなわち揚力が発生するのです。

このため、ボードはどんどん左上(緑の矢印)の方向へ進もうとします。


真横から風を受けた状態(beam reach)のウィンドサーフィンの空力図

ところがボードは細長くて横方向には進みにくいので、揚力(緑の矢印)をベクトル分解した抗力(黒色の矢印)は水の抵抗で打ち消され、残った推進力(紫色の矢印)で前に進むという訳です。

ここまでは、何となく理解できるものの、中にはやはり揚力という言葉に違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

ウィンドサーフィンは、やっぱり風に押されて進んでいるだけじゃないのかと。

そう疑われる事は無理からぬ事だと思います。

なにしろ実生活において、揚力を感じる機会は全くと言ってよいほど存在しないからです。

ですが、本当に風に押されて進んでいるだけではないのです。

それこそが正にウィンドサーフィンの肝と言える部分ですので、次に続きます。


風下に向うと進まない


先ほど、ウィンドサーフィンは、風に押されて進んでいるだけではない、とお伝えしましたが、それではその証拠をお見せしましょう。(という程でもないのですが)

もしウィンドサーフィンは、風に押されて進んでいるだけだとしたら、風下に向かって進むのが一番スピードが出る筈です。

ところがそうではないのです。

この場合、風に対するセイルの向きは以下の様になります。


さて、この状態でウィンドサーフィンに乗ってみると(実際に乗ろうとすると、バランスが取れなくて非常に乗り難いのですが)、殆ど進まないのです。

その理由は、流れていた風がセイルによって遮られる事によって、揚力どころか、却って周囲の風がセイルの両側からセイルの前に回り込んで、前面に空気の壁を作ってしまうからです。



陸上で風の強い日に傘をさして踏ん張る場合には全く感じませんが、風の力で動くウィンドサーフィンの場合、どうしても揚力が必要だという事をご理解頂ければと思います。


どうして風上に進めるのか?


前段で風下に直接向かうと揚力が発生しないので、スピードが出ないとお伝えしました。

それでもなお、揚力の存在を疑っている方がいらっしゃる事でしょう。

と言う訳で、次は斜め前方から風を受けるupwindの状態で、なぜ風上に進む事ができるのかについてご説明したいと思います。

upwindの状態を絵にすると以下の様になります。


upwindの状態では、揚力が働かないと風下に流される

この絵をご覧頂ければ、誰がどう考えてもボードは前に進まず、風に流されて(ボードの向きは変わるかもしれませんが)、どんどん左下に流されていくと思われる事でしょう。

ところが、このセイルの外側に一度(ひとたび)風が流れて揚力が発生すると、下の絵の様に立ち所に前に進む様になるのです。


upwindの状態でも、セイルの両側に風が流れると揚力が働き前に進む

これでウィンドサーフィンは揚力で動いていると、ご納得頂けたのではないでしょうか。

なおついでにお伝えしておくと、upwindの状態では、ボード中央に格納されているダガーボードを出しておくと、ボードが横に流れるのを防ぐため、より風上に進み易くなります。


横方向の動きを安定させるダガーボード

ダガーボードは、高速走行時には抵抗となるので不要なのですが、横方向の揺れを抑えてくれたりもしますので、入門時は出しておきましょう。


スピードを出すにはどうすれば良いのか


さて、これでなんとか揚力の存在を認識して頂いた所で、次はどうすればスピードを上げる事ができるか考えてみます。

スピードを上げるためには、当然揚力を上げてやらなければいけません。

となると風が強くなれば良いのですが、自然に発生する風をコントロールする事はできません。

このため、最も手っ取り早い方法は、セイルを大きくする事です。

飛行機の翼と同じで、揚力はセイルの面積の二乗に比例しますので、仮にセイルの面積が2倍になれば揚力は4倍になり、それに伴って速度も(単純計算で)4倍速くなります。

このため、大きな飛行機ほど、相対的に翼の大きさは小さくて済むのです。


大きな飛行機ほど翼の占める面積は小さくなる

とは言え、余りにセイルを大きくすると、自分の力で支えきれなくなりますので、それにも限界があります。

風の強さもセイルの大きさも同じで、もっと揚力を上げる(スピードを上げる)手はないでしょうか?

という訳で、先ほどの絵をもう一度見て頂けますでしょうか。


真横から風を受けた状態(beam reach)のウィンドサーフィンの空力図

この図をご覧頂くと、セイルの外側に赤い破線がありますが、(何度もお伝えしている様に)重要なのはこれなのです。

誰でもウィンドサーフィンをやり始めた頃は、セイルの内側に風を入れる事に夢中になりますが、むしろ重要なのはセイルの外側にスムーズに風を流してやる事なのです。

この内側と外側の風の速度差が大きくなればなるほど、揚力が大きくなって、スピードが出るのです。

そしてこの場合の揚力は、内側と外側の風の速度差(相対速度)の二乗に効いてくるのです。

ですので、(セイルの面積の様に)セイル内側と外側の風速差が2倍になると、揚力は2倍ではなく4倍にもなるのです。


揚力によって風より早く走れるウィンドサーフィン

このためウィンドサーフィンは、風より速いスピードで疾走できるのです。

さてこれが分かった所で、どうやったら内側と外側の風の速度差を大きくするかですが、残念ながらこれは体感でセイルの丁度良い向きを探すしかありません。

熟練者はそれを簡単にやってのけているのですが、初心者はブームを色々操作しながら、スピードが出るセイルの向きや足の位置を探すしかありません。

ただし言える事は、ひたすら風を引き込んでセイル内側の圧力を高めるのではなく、多少その風を抜いてでもセイルの外側にも風が流れる様に意識する事が大切です。


風上に向かうと速くなる


速く走る事に関連して、もう一つ興味深い事実をお教えしましょう。

もしかしたら初心者の方でも経験があるかもしれませんが、前述の真横から風を受けるbeam reachの状態から風上にボードを向けると、瞬間的にボードの速度は上がります。

また逆にbeam reachの状態から風下に向かうと、ボードの速度が落ちるのです。

常識的に考えると、風上に向かえば速度は落ちて、風下に向かえば速度は上がる様な気がしますが、逆の事が起きてしまうのです。

それは何故か?

今まで本書をじっくり読んで頂いた方でしたら、もしかしたら推測して頂けるかもしれませんが、これはセイル外側の風速が変わったためです。

例えば下の図にあります様に、ボードを風上に向けた場合は、セイル外側の風の流れが速くなるため、揚力が瞬間的にアップして速度が増すのです。


風上に向かうとセイル外側の風速が上がるので揚力もアップする

タック(風上方向でのUターン)をしようとセイルを傾けると、いきなりボードのスピードが上がり、バランスが取り易くなるのはこのためです。

逆にジャイブのために風下に向かった場合は、セイル外側の風速が遅くなり、揚力がダウンして速度が落ちるので、バランスが取り難くなります。

恐らくこんな事を書いているウィンドサーフィンの解説書は世界中のどこにも無いと思いますので、覚えておいて損はありません。


速度が上がれば速度が上がる?


さて揚力の存在を何となく感じて頂いた所で、とっておきの話をしましょう。

ウィンドサーフィンを暫くやっていると、こんな話を耳にすると思います。

ボードの速度が上がると、それによって生じた風で、ボードが更に速く進む。

これまた常識では有り得ない話でしょう。

自動車が走れば当然ながら正面から風を受けますが、それは全て走行抵抗となり、速く走れば走るほど風の抵抗は増えて速度は伸びなくなります。

もっと具体的に述べますと、風の抵抗は速度の2乗に比例して増えますので、時速50kmと時速100kmでは、風の抵抗は(2倍ではなく)4倍にもなるのです。

ですので、高速で走る物にとって、風は邪魔物でしかないのです。

にもかかわらず、ウィンドサーフィンの場合、前から風を受ける事によって更に早く走れるなんて、真っ赤な嘘だと言いたい所ですが、本当なのです。

その理由はもうお分かりだと思うのですが、ウィンドサーフィンの速度が上がれば、ボード正面からも風を受けます。

すると、セイルの外側の風速が上がるので、揚力がアップして速度も更に上がるのです。


正面から風を受けた場合(beeam reach)のウィンドサーフィン

だからと言って永遠に速度が上がる訳ではなく、どこかで水の抵抗等と釣り合った所で速度は飽和する事になります。

いずれにしろ、セイルの外側の風速がいかに重要か分かって頂けると思います。

ですので、たまにセイルの張りが弱くてセイルが風でバタバタしているケースを見掛けますが、これは風のスムーズな流れを阻害しますので、気を付けなければなりません。

しつこい様ですが、セイル外側に風を速くスムーズに流す事が重要なのです。

脱線になりますが、下の戦闘機の翼をご覧下さい。


風を高速で流すため、翼の上には何も付いていない

翼の下にはエンジンやら燃料タンクやら色々積んでいますが、翼の上には何も付いておらず、ひたすら滑らかになっています。

これは重い物は下へとか整備性の都合もあるのですが、一番の理由は翼の上は風を高速で流してやる必要があるからなのです。

また翼の上の氷着が飛行機にとって非常に危険なのは、これが理由なのです。


一番速く走れる風向き


ここまでお読み頂ければ、もう分かって頂けるでしょう。

”はじめに”において、一番早く走れる方向はどれかと尋ねましたが、その答えは風を真横から受けるbeam reachなのです。

風下に直接向かうdownwindが遅いのは、既にお伝えしましたが、風を斜め後ろから受けるBroad reachもセイルの内側の風の圧力は強いものの、セイルの外側の風速が上がらないので、beam reachほど速くは進まないのです。

という訳で、beam reachがウィンドサーフィンの基礎であり、尚且つ最も速く走れる形態なのです。


曲がるためにはどうすれば良いのか


それでは次にターンの話もしておきましょう。

ご存知の通り、風上に向きを変えるためには、下の図の左側の様にアウトホールを下げなければなりません。


一方風下に向かうためには、上の図の右側の様にアウトホールを上げなければなりません。

ではどうして、それでボードの向きが変わるのでしょうか?

先ず風上側にターンする場合を、いつもの図を使ってご説明します。


風上にターンする場合は、先ほどお伝えしました様にアウトホールを下げますので、セイルは風下側で且つ後ろ側に寄ります。


アウトホールを下げると、セイルは風下側で且つ後ろ側に寄る

これによって、今までボードの内側にあった推進力が、ボードの外側(風下側)に掛かります。

このため、ボード自体は風上に向いてしまうのです。

風下に向かうジャイブは、この逆になります。


アウトホールを上げると、セイルが風上側で且つ前側に寄る

おっと、タックについて言い忘れた事があります。

もしダガーボードを出していない場合はターンの内側に体重を掛け、ダガーボードを出している場合は、ターンの外側に体重を掛けます。

これも余り知られていない話です。


まとめ


いかがでしたでしょうか?

これでウィンドサーフィンが進む原理とターンする原理をご理解頂けましたでしょうか?

それでは最後にまとめです。

①ウィンドサーフィンが、風上に進んだり、風より早く進んだりするのは、セイルに揚力が発生するからである。

②セイルに揚力を発生させるためには、セイル外側に風の流れを作らなければならない。

③ウィンドサーフィンを速く走らせるには、真横から風を受けるbeam reachの状態が最適である。

④beam reachの状態から風上に進路を変えると、揚力が増して瞬間的にスピードが上がる。

⑤ウィンドサーフィンの速度が上がると、正面からも風を受けるため、更に揚力が増して速度が上がる。

⑥セイルの向きを変えると、セイルに働く推進力がボードの中心軸からズレるため、ボードは向きを変える。


本書がお役に立てば幸いです。




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